WEB2.0とグラフィックデザイン

WEB2.0的なグラフィックデザインを読んで改めて感じたこと。

WEB2.0という概念は存在するがWEB2.0なんてものは存在していないということ。明確な基準がないものを数値で区別はできないから。例えば廃刀令前後では明らかに「サムライ1.0とサムライ2.0」に区別できる。お国の定めた「法」というものがあるからだ。しかし後方互換を重視してきたwebにはこの「法」というものが存在しない。無論、仕様書なるものはあるものの、例えばfont要素が廃止されたところである日突然ブラウザからfont要素が無になるかというとそうではない。全てのブラウザがある日突然すべてバージョンアップするはずもなく、「それはそれ」として未来永劫存在し続けていく。しかしWEB2.0とはなんとも艶かしい言葉だろうか。通常よりもほんの少し速い進化を目の当たりにし、それをWEB2.0と称し、崇めた。webで生まれた言葉は一度流行してしまえば、その寿命はほぼ永遠である。数年前、オレが(おそらく)一番初めに作った造語の中に「萌っこり」というものがある。無論、当時はその言葉での検索結果は1件だけだったが今では 13,600件にものぼる。オレは、webの風潮というやつは曖昧なものが曖昧なまま明確に形作られていくものだと思っている。WEB2.0は今後WEB3.0、4.0と呼ばれていくのだろう。そしてその度「どこからどこまでがここなのだろう」と首を傾げながらも進化していくのだろう。

さてお題の「WEB2.0とグラフィックデザイン」だが、つまりWEB2.0とグラフィックデザインに関連性は先ずないのである。それはただ流行っているというだけで、特にこれというものはないだろう。個人的見解としてはアクアでメタルでフラットでパステルカラーにホワイト混ぜたようなやつが「ソレ」っぽいと思っているが読者諸君はどうだろうか。まーオレの記事読んでる年寄りはそんなの考えたこともないか、すまん。話題が若すぎた。オレも無理しすぎた。WEB2.0?なにそーれ?というのが正直なところなのである。とりあえず流行ってるから使っとけみたいなもので使ってれば現代人っぽく見えて知的に見える魔除けみてえなもんです。たぶん。究極的にはwebとしての「グラフィックデザイン」なんてものはいずれ淘汰されていくはずだ。無駄なものは少しずつ消えていく。数年前を思い出して欲しい。第一次ホームページブームとでもいうのか、とにかく公開される情報とともに無駄な情報・画像が氾濫。ステキスクリプトでウインドゥは揺れるわステータスバーにステキメッセージ垂れ流すわカーソル軌跡のステキ流星が鬱くしいわ突然流れ出すステキ音楽に驚いて心臓止まりそうになるわステキ無圧縮画像使ってホームページデザインしちゃってその読み込み待ち時間に短編小説読み終わるわ・・・まあそれはウソだが、少なくとも「そういうページ」は昔と比較すると減少しているようだ。これは皆が無意識に「情報の重要性」に「なんとなく」気付き始めたからだと思う。そう、やはり「なんとなく」だ。「なんとなく」webが進化したから人間も「なんとなく」追いついていく。(ここで言う「人間」とは今お読みのあなたのようなすでにバージョンアップ済みの人間のことではないのであしからず。)

話が飛び飛びでいい加減まとめねばならんが、別に何かを訴えたくて書いたわけでもないのでこのまま尻切れトンボ状態で終わってもいいかな。といいたいところだが、例によって一部の熱狂的ミステリマニアがアンフェアだと言い出すのでこれだけは言っておこう。「犯人はヤス」

まあ一部の熱狂的ミステリマニア以外の方々は既にお気づきだろう。WEB2.0だと思うその「思考」のみがWEB2.0である。WEB2.0の記号化なんてものはそもそも不可能で無意味なものだ。WEB2.0なんて言葉にとらわられることなく、自信を持って「自慢のサービス」を構築し「自慢のサービス」と叫ぶことができたのならば、それは立派にWEB3.0だ。


書いた人:l-_-l
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