「Web制作ネタのサイト」というものは非常に謎である。Web制作、これ自体は別に謎でもナンでもない。例えば、Web制作ネタとして「ブログとフレームの組み合わせが最強だ!」とか「CSSはココがスゴイ!」とか「最近のHTMLは云々」「アクセシビリティが云々」「やれユーザビリティだ」「XMLだ」「タグだ」「擬似要素だ」なんたらかんたらと、その技術に関して惜しげもなく時間をつぎこみ、「結局こいつは何をやりたいのだ?」とかたまに思うサイトがある。とてもいっぱいある。
OKわかった、では「ブログとフレームの組み合わせが最強だ」として、その記事を書いてるこの人はその自分的に最強なそのツールを使ってどんな有益な情報提供を行っているのか、と思って見てみればまともな記事はなにもなく、データ的に何の価値もないようなゲームの感想、ともいえない程の文章とかエロい動画へのリンクだとか、ニュースサイトを見て適当にチャラけた意見じみたようなものを書きなぐっていたり、見てみれば「Web制作」カテゴリだけが肥大していっており、じゃあ何か、このサイトはウェッブサイト制作系のサイトなのかとか言われれば、そんなに大したことは書かれておらず、何に置いても「中途半端」という四字熟語の似合う、そういうサイトがある。ような気がする。
見ての通り、あなたが今お読みになっているこのサイトは、まあ見ての通りのサイトなわけだが、もうお気づきかもしれない。実はオレはWeb制作への情熱なんてのはとうの昔に冷めきっている。人は知識を得れば得る程、新しい知識を欲するものだ。そして己の知識容量がある程度までいくと、今度はそれを用いて何かを行おうとするのが生物というものだ。自分の目でしっかりと前を見つめている人ならば、そう、それがWeb制作技術だとすれば、そっち方面の仕事についたり、またそのことについて自分のウェブサイトを開設して解説してたりするのだろう。もちろん、まだまだ詰め込めることのできる知識容量を確保していて。
しかし、オレはある時から「もう無理」と思った。これ以上の知識の吸収は無意味だと。かといって、知っている知識を用いて、そのこと(web制作)について、あれこれ書いた所で一体何の面白みがあるのだろうか。誰かが喜ぶのか。誰かの為になっているのか。Web制作と関係ないが、例えば「ダイアログのOK・キャンセルボタンが近すぎるのはよろしくない」という話題があったとする。なるほど、たしかにそれはよろしくない。Googleチャットとかだと、うっかりメール画面をリロードしてしまうとチャットウインドウをとじますか?というダイアログが出、そこにキャンセルボタンは「無い」。つまり、閉じるしか選択肢はない。そういうのはさらによろしくない、というような事を自分の意見として書こうと思えば書ける。だが「だから何なのだ」というのが最近のオレの思考。もう、何に関しても「だから何、それが何」だ。正直、心が病み始めているのを実感している。こんなことを書きながら、この文章を読む人は「だから何」と思うだろう、と思いながら書いている。
少なくとも、オレは中途半端なWeb技術を話題としたサイトなんて作るはずではなかった。確か、ロマサガとかSTGとか、自分の好きなもののこと誰かの役に立つだろう、読んでくれた人は楽しめるだろう(というのは思い込みなのだろうが)、とかそういう理由で「ホームページ」を作り始めたはずだった。しかし、知識を得る程に、なぜかサイト内容は「そっち方向」にシフトしていき、結果残ったのはこの自分でも何だかよくわからない退廃的な雑文の山。
オレの周囲にはいまだにHTMLをプログラムとかと勘違いしている人もいるが、HTMLなんてその仕組みは教科書やノートの文字に蛍光ペンでアンダーラインを引くことと大差はないものだ。極端なハナシ、色を選ぶという行為がスタイル指定に変わり、ラインを引く行為がタグ付けに変わっただけのもの。WebでやってるからWebならではのものに見えるかもしれないが、現実には「書き取ったノートにアンダーラインを引く行為」について熱く語り合う人々なんて存在しないのである。(※いたらゴメン)
先ほど知識云々のことについて書いたが、知識人が増す毎にさらに上を求め、全体的な知識力もゆるやかに上昇していく。例えば数年前のCSSサイトと現在のCSSサイトを見比べれば一目瞭然。「CSSだけでデザインしてますよ、すごいでしょ」なんて時代はとうに過ぎ去ったのである。むしろ、そんなもん知っててあたりまえだ位の勢いだ。そして、当時それらを啓蒙していた(と思ってる)オレは、そんな時代・世界を望んでいたはずだ。しかし、実際にそうなってくると途端に「つまんねー」となってしまう。某アニメのラストあたりで「自由はつまらない、ならば不自由を与えよう」というようなことを言っていたが、それと似ていると思う。一言で言えば「ワガママ」というやつなのかもしれない。飽きっぽいだけかもしれない。
情報発信の為の情報発信。きっとそれは新たな情報発信の為の情報発信を産み出し、気が付いたらオレは目的を見失い、そこから抜け出せなくなっていたのだと思う。
さて、表題の「Web制作はあなたに何かをもたらしましたか」についていい加減まとめようと思う。2流3流の我々─いや、「オレ」としておこうか─がソレによってもたされたものとは「負の時間」だ。昨今のIT技術はめまぐるしい速さで進化していて、従来の人間の生活スタイルも同時に大きく変化してきたのはこれまでにも何度か書いてきた。わからないことがあれば、辞書を引くのではなく先ずググる。手紙を出そうと思ったらメールを書く。楽しい時間を過ごす為に、お気に入りサイトをまわる。時には自分で記事も書く。生活スタイルにパソコンの使用時間というものが付加された為にそれに伴う何らかの「データ」を使うようになる。例えばゲームだったり。音楽だったり。これらの時間に関して四の五の言うつもりはない。むしろ、万物霊長のヒトが生み出した知識の共有の箱と言えるウェブを使いこなし無駄な時間の浪費は、要所要所では短縮されているのは明らか。
そして、そこでとり行う「Web制作のはなし」。Web制作、もっと簡単に自サイト制作と言ってもいい。それが「自分の趣味です」と言える人だっているかもしれない。CSSデザインこそが生きがいの人だっているかもしれない。HTMLの構造にある意味ゆがんだ美的感覚を持つ者もいるだろう。論理的な構造のHTMLを書き、ユーザビリティを考え抜いたデザインを施す。また、それについて色々書く。素晴らしい。実に素晴らしい受け皿だ。しかしその中身はどうだ。その皿に盛り付けられた文章はどうだ。「はじめに文章ありき」とかそういうハナシではなく、その文章自体の面白さのハナシだ。その文章自体のクオリティのハナシだ。どうでもいいような内容もあれば、どうでもいいような内容を長々と書く者もいる。その程度の内容の為に、ここまで洗練された受け皿が必要か?と思うことしばしば。HTMLやCSSといった「外側」に拘るほど本質を見失いがちなのだろう。
今書いているこの文章にしたってそうだ。これが何かの為になるのか?誰かに何らかの影響を与えるのか?与えたところで意味はあるのか?こんなもの書くくらいなら、実家の母に「元気ですか」のひとつでもメールを送ればいい。愛する人に「愛してる」と伝える方が余程人間らしい。あなたは「Web制作のハナシじゃなきゃいいのか」と思うかもしれない。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。そして、そうとわかりつつも、オレは、キミは今後もWeb制作談義という非生産的活動を黙々と行っていくのだろう。
ただ、CSSで初めて「段組」とかを理解できた時のような、あの充実感はもう二度と味わえないと思う。初めてマークアップを使ってデザインした時の感動はもう二度と味わえないと思う。初めてインターネットを通じて、第三者と言葉を交わし意思の疎通を行った時の衝撃はもう二度と味わえないと思う。当たり前でないことが当たり前になって、さらに当たり前でないことを求め、何もかもが当たり前になっていく。前述したが、オレは不自由の中で自由を探すのが好きだ。だが、自由の中で不自由を探すのは嫌いだ。抽象的な表現で読者にはこの辺のことは伝わらないかもしれない。まあ、伝わったところで意味もないわけだが。
とりあえず、今後は好きなこと、やりたいこと、金になることだけやっていこうと思う。
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